岡本 隆博
European Society of Cataract and Refractive Surgeons (ESCRS)
のオフィシャルジャーナルである
The Journal of Cataract & Refractive Surgery (JCRS)
(2012.3.発行)
に、品川クリニックの富田実医師が筆頭研究者であるところの論文が載っていた。
Simultaneous corneal inlay implantation and laser in situ keratomileusis for presbyopia in patients with hyperopia, myopia, or emmetropia: Six-month results
と題する論文である。
その論文は、いわゆる老眼レーシック(カメラインレー)による 老視矯正手術の結果(満足度)の報告であり 研究者であればだれでも見ることができるものであるが、その一部を下記に引用する。
この論文の概要は、公的な医学文献のデータベースであるPubmed に掲載されている。
あるレベル以上の国際誌掲載論文に関しては、原著論文の概要がPubmedに自動的に収録されていき、それを、その雑誌の購読の有無にかかわらず、誰もが自由に閲覧できるというシステムになっているのである。
これには著作権は関係がないので、下記に全文を引用する。
これらにより私が感じたことを以下に列挙しておく。
● いわゆる老眼カメラレーシックを受けて6ヶ月後の患者さんの満足度に関する調査の結果であるが、Table4から、術前(Preop)とくらべて、術後6ヶ月時点(6 Mo Postop)において、Dryness, Glare,Halo, Night-vision いずれに関しても中等度、高度の異常を訴える患者数が顕著に増加していることが見て取れる。
● たとえば、Table5 から、もともと近眼の人だと、カメラインレーを施術された前後で読書などデスクワークの満足度はむしろ、概して下がっている。
● これでは、高価な老眼カメラレーシックを、もともと近視の人に施術する意味がないように思う。それと、こういうデータを出しているなら、この結果を忠実に解釈して得られる結論を品川クリニックのサイトに載せるべきだと思う。
● そして、問題は、この医師の論文の結論(CONCLUSIONS)にデータからの飛躍があるということである。
(論文の記述)
Simultaneous intracorneal inlay implantation and LASIK to treat presbyopia with emmetropia,hyperopia, or myopia was clinically safe and effective, yielding improvement in distance and near visual acuity.
(問題点) データからすると、near visual acuity(近見視力)においてはもともと近視眼だった人に関しては施術がかえって悪影響を及ぼしているように見える。
(論文の記述)
However, postoperative symptoms, such as dry eyes, halo, glare, or night-vision disturbances,occurred occasionally.”
(術後にドライアイ、ハロ、グレア、夜間視力の障害などが、時々生じる)
(問題点)
これで、”clinically safe” と結論できるのだろうか?
(論文の記述)
CONCLUSIONS: Simultaneous intracorneal inlay implantation and LASIK to treat presbyopia with emmetropia, hyperopia, or myopia was clinically safe and effective, yielding improvement in distance and near visual acuity. Patients were satisfied with decreased dependence on reading glasses regardless of the preoperative SE range. However, postoperative symptoms, such as dry eyes, halo,glare, or night-vision disturbances, occurred occasionally.
(結論:正視、遠視、近視に伴う老眼の治療を目的とした、角膜内カメラインレー挿入とレーシックとの同時施術は臨床的に安全で有効であり、遠見においても近見においても視力の改善が得られた。
患者は、手術前の等価球面度数にかかわらず老眼鏡への依存度が減少したことに満足していた。
しかしながら、ドライアイ、ハロ、グレア、夜間視力の障害などといった術後症状が、時おり生じていた 。)
● 論文は出された後は、往々にして結論だけが一人歩きするので、結論が「有効・安全」となっていて、そのまま論文として通ってしまうと、その論文を根拠に、老眼カメラレーシックを行なう施設などによりその安全性が喧伝されることが容易に想定される。
● そして、一番由々しき問題は、厚労省の技官がこの論文の結論を鵜呑みにしてしまって、この施術を認める方向に動いてしまうということである。
臨床の実態を知らない、知ろうともしない官僚は、論文だけで判断してしまう風潮がある。
だから品川クリニックは、この論文以外にも、ちょくちょく論文を出して、「安全」を結論づけている。
自称、5万眼達成のスペシャリストの富田実医師は本当に、罪なこと、すなわち科学的には「結論の捏造」をしているのではないかと私には思われる。
(富田医師には科学者として客観的にデータを見る能力がない、ということではなさそうなので)
● 原著論文が載ったのは一流の学会の雑誌ではあるが、原著論文の査読がうまく機能していないのではないかと推測せざるを得ない。
この論文に対して、専門家の眼科医師から論文の筆頭著者の富田医師に異議申し立ての抗議論文が出てこないのだろうか。
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以下は、品川クリニックの宣伝サイトの中の老眼向きのカメラレーシックについての記事に関する私の批判的な所感である。
http://www.shinagawa-lasik.com/rogan/ (2012.3.9現在)
● このカメラレーシックにより、近視眼と老眼を矯正する場合、多くの人は元は裸眼で近見ができていたわけで、しかも両眼視で、自分の裸眼での遠点で見ていたわけであるが、手術後は、近見は片方の眼だけを利かす「モノビジョン」になるし、しかも、ピンホール効果によるある程度の明視であり、決してそこにどんぴしゃりとピントが合うわけではない。(カメラレーシックで目に調節力はつくのではないから)
だから、以前の裸眼による、あるいは眼鏡で矯正された眼による、自然で快適な近見明視に比べると、当然ながら、当該論文にも報告があったような、いろんな不満が出てくるのは当然だと思う。
だから、近視で老視もある人の場合、裸眼で遠方をはっきり見る必要性がよほど高い人でなければ、このカメラレーシックは無駄な手術だと私には感じられるのである。
富田医師がどういうつもりであのような嘘まじりの結論を原著論文に書いたのであろうか。
● この、レーシックカメラの宣伝サイト上に、当該論文から出てくる結果である「近眼の人にはほとんど無意味」ということや「ハログレアなどの後遺症に関する記述」が全く見あたらない、という点も私には批判されてしかるべきことだと思う。
● レーシックカメラだけでなく、過去にレーシックした眼に、あらためてカメラを埋め込んだり、白内障術後の眼にカメラを埋め込んだりすることもやっているそうであるが、それをすれば、モノビジョン(片眼利き)の煩わしさや、明視感の不十分さなどのおそれが多分にあるので、私には賛成しがたいのである。
● さらに、1day レーシックカメラについても、もっと良く考えてもらってからこの手術をうけてもらうようにすべきだと思う。
● それと、たとえば、カメラインレーについては、比較的容易にその見え方を事前に疑似体験してもらえるはずである。
すなわち、カメラと同じ瞳孔径を持った黒塗のコンタクトレンズを片方の目につけて、裸眼で正視に近い眼、あるいは、メガネで遠見に矯正した眼で、手元のものを見てもらえばよいのである。
それで満足されたのであれば、レーシックによる後遺症のことは別として、少なくともカメラインレーによる近見に対する満足感の程度はある程度予測ができるのではないかと思う。
それをせずしていきなりカメラインレーをするのであれば、私には近見に不満が出るリスクが大きいように思うのである。
● 案の定、この論文は既に宣伝材料になっていた。
http://ameblo.jp/kamralasik/entry-11174024134.html?rm_src=thumb_module
(2012.3.9現在)
(引用開始)
この眼科専門雑誌は屈折矯正に携わる眼科医なら必ず読んでいる屈折矯正分野をリードしている眼科専門雑誌の一つです。
今回、当院から発表した内容は、レーシックカメラによる老眼治療が遠方・近方視力を同時に安全に改善し、老眼鏡の使用を減らすことができた、というものです。
(引用おわり)
論文のデータには即していない部分を持つところのかなり宣伝くさい紹介であるが、でも、こう書かれていると、一般人には「権威ある雑誌に論文になってて、そういう結論ならば、安全かも・・・・」と思えてしまうだろう。
こういうのが、間違った結論の一人歩き(歩かせ)であり、おそらく、対役人にもこういうノリでうまくやっているのではないかな、などと私は想像をしてしまうのである。