週刊文春(2009年8月6日号)
以前から品川近視クリニックは各方面から問題視され、去年は週刊新潮で記事になった。文春では、品川近視クリニックでレーシック手術をした患者5名の悲惨な術後後遺症が記事になっている。
以下、週刊文春2009.8.6 p32~引用
医療ジャーナリスト
伊藤隼也と本誌取材班
「20代で老眼鏡」
「術後に患った自律神経失調症」
「予算17万円が100万円に」・・・
手軽で安心、煩わしい眼鏡やコンタクトから解放され、松坂大輔やタイガー・ウッズなどのスポーツ選手や芸能人も体験しているー。
近視を矯正するレーシック手術は、いまや身近な先端医療として急速に普及している。 レーシック手術を受ける人は年間で四十万~四十五万人にも達すると推計されているほどである。
一方で今年二月銀座眼科においてレーシック手術を受けた患者、七十人以上が集団感染を引き起こす事件が発生し、安全性への疑問も噴出した。 銀座眼科の事件は衛生管理などを怠っていたという杜撰な状況が原因であった。
しかし実はレーシック手術の問題は感染症だけではない。 少誌はレーシック手術の後遺症を訴える九人の患者を取材した。
そこから浮かび上がってきたのは、この新しい医療の負の側面である。
「こんな危険性があったならレーシック手術を受けたくありませんでした。」
こう告白するのはレーシック手術を受けた田中幸恵さん(仮名・25)だ。
田中さんがレーシック手術を受けたのは〇七年のこと。理由はいまかけている近視用眼鏡にわずらわしさを感じていたから。 術前は医師から「手術に特に問題はありません」などと説明された。
「自分では裸眼で生活できるようになると思っていました。ところが手術後すぐに違和感があり、手元が全く見えない。パソコンも画面が眩しくてほとんどできない。おかしいと思ってクリニックの医師に相談しても『様子を見ましょう』と言われるだけでした」症状は何ヶ月経っても変わることがなかった。大学病院で診察したところ「調節緊張」と診断された。
田中さんの目は手術の結果、近視から遠視になっていて、無理に遠視の状態に合わせようとするために視力を調整する眼筋に大きな負担がかかっていたのだ。
ドライアイに頭痛に背中の痛み
「一年くらいすると肩こりとか背中の痛みとかも酷くなってきました。ドライアイも酷く、ときに目が開けられないほど染みる症状がでる。当時、仕事をしていたのですが、休憩も取れないので、仕事を辞めることになってしまいました」
大学病院からは調節緊張をとるために遠視用眼鏡を処方された。田中さんはレーシック手術を受けて眼鏡がいらない生活を送るはずが、二十代であるにも拘わらず老眼鏡のような眼鏡をかけて生活することを余儀なくされてしまったのだ。
同じく手術を受けた木村良恵さん(仮名・27)も、いま遠視用コンタクトレンズを装着して生活をしている。
「手術の後は『わ!遠くが見える』と嬉しくなりました。でも手元を見ると視界がボケていてチカチカする。 一ヵ月たっても治らないし、背中も痛くなってくる。クリニックの医師に相談したら『手術は大成功です。あなたの目の奥に問題があります』と言われ怖くなりました。」
木村さんは「なにかおかしい」と思って、大学病院で診察を受けた。大学病院の診断は「レーシックによる遠視」。問題があるのは目の奥ではなく、レーシック手術後の視力だったのである。木村さんは現在遠視用のコンタクトレンズを使用しているものの、手術前はなかった乱視の症状が出始め、目は見えにくくなるばかりだという。
田中さんや木村さんが手術を受けたのは東京の品川近視クリニック(以下、品クリ)だった。
実は日本のレーシック手術は品クリ、神奈川クリニック、神戸クリニックの大手三クリニックで患者のほとんどを独占している状況にある。中でも品クリは五十万件以上の症例数を持ち「症例数世界一」と宣伝する最大手クリニック。レーシックの国内施術の約六割を行うなど圧倒的なシェアを誇っている。
最新のレーシック設備を整え、手術代は十七万円程度と安価なビジネスモデルを作りあげ、「安心治療」を謳ってきた。
だが、小誌が取材した患者九名のうち、実に五名が品クリで手術を受けていたのだ。
「症例数ナンバーワンだから、実績があって信頼できる病院なのかなと思って品クリで手術を受けることを決めました」 と語るのは柴田優さん(仮名・21)である。
自由診療で矯正の再手術
「術後ドライアイをく感じて。半年くらいでも頭痛もガンガンする。とにかく目が疲れて、読書やテレビを見るのも辛くなりました」
柴田さんはこれらの症状を品クリに訴えたものの、「手術は成功しています。様子を見ましょう」、「近くの眼科に行かれたらどうですか」と言われ、相手にしてもらえなかったという。
品クリのようにな大手クリニックの場合、手術やアフターケアが分業制になっており、患者が継続して相談できる担当医がいない。 しかもレーシック専門のクリニックであるために保険を使った一般眼科診療ができないという問題も抱えている。 取材に応じてくれた患者もみな「品クリは十分なアフターケアをしてくれない」と不満を訴える。
不調を抱える患者は「難民」としてレーシック後遺症を救ってくれる病院を探すことになる。
柴田さんも、健康な視力を取り戻すべくいくつかの病院で診察を受けた。
「大学病院では不正乱視と指摘され、関連するクリニックで不正乱視矯正のレーシック手術を受けました。でも、それは誤った手術らしくて、無駄に手術を受けてしまった・・・・。その後、別の眼科で遠視矯正のレーシックを受けました。最初のレーシックと合わせて三回手術をしています。費用は百万円くらいかかっています。自分の貯金を使ったり、親から出してもらったりしました・・・」
自由診療であるレーシック手術には保険がきかないため、医療費は全額自己負担となる。それは術後の治療でも同じ。 柴田さんはレーシック手術費用として当初、約十八万円を品クリに一括で支払った。だが、その後の治療費の負担の方がはるかに重くのしかかっており、しかも目の健康はいまだ取り戻せていない。
「目に以上な乾きがあり、目薬を二日で一本使いきってしまいます。それでもすぐに染みるような痛みを感じてしまい、苦しいときはひたすら目を瞑って我慢する生活です。頭痛もひどく、学校に通っていたのですが勉強に集中できない。
体力的にも限界で、学校を辞めて治療に専念しようかなと考えています・・・」
「安心安全」なはずの手術で、なぜこのような不具合が発生するのか。
そもそもレーシックとは角膜にレーザーを当て、光の屈折を矯正することで視力を回復させる手術である。 レーザーの照射時間が長いほど矯正も強くなるが、その分角膜は削れて薄くなる。
レーシックの後遺症に苦しむ患者の診察をしているある眼科医は、遠視や調整緊張になる原因は視力を出しすぎる「過矯正」に問題があると指摘する。
「うちにくる患者はみな症状が共通しています。手元が見えない。中間距離が見えない。車酔いのような頭痛、吐き気。そのほとんどは『過矯正』が原因です」 日本眼科学会常務理事の筑波大学・大鹿哲郎教授はこう解説する。
「手術の翌日からクリアに見えることを求めると、過矯正になりやすい。翌日クリアに見えればハッピーと思うかもしれませんが、その状態が続くと疲れてしまうのです。 2.0の度数に合わせた眼鏡をかけると頭が痛くなるのと同じで、矯正で2.0の視力を求めてはいけないのです。」
視力2.0見え過ぎる苦しみ
だがレーシック手術の広告では声高に2.0への視力回復が謳われているケースが多い。例えば品クリでは中等度近視の手術データとして、視力2.0が51.8%、視力1.5が43.2%などと宣伝している。
「毎日サバンナで生活するわけではないので、日常生活では1.0の視力で十分です。むしろ0.8とか0.9あたりのほうが快適なのです」(同前)
つまりゴルファーや野球選手のように遠くを見る必要がある特殊な仕事では2.0の強い視力も有効かもしれないが、デスクワークや学業など近くのものを見るようなライフスタイルなら必要ない視力なのだ。
しかも、体がその矯正した強い視力に対応できない場合は、その度の合わない眼鏡をずっとかけ続けているのと同じ状態になり、思わぬ後遺症に苦しむことになる。
「近視の矯正が足りなくて追加で近視レーシックをすることは簡単なのですが、過矯正で行き過ぎたものを戻すのは難しい。遠視レーシックは精度が悪い。しかも何回もレーシックをすると角膜はボロボロになってしまいます」(同前)
レーシックを行った目を完全にもとに戻すことはできない。
田村友香さん(仮名・38)は悲惨な経験を振り返る。
「私は本を読むことや絵を見ることが好きだったので、手術をするときに視力1.0でお願いしますと依頼しました。 ところが術中に医師が1.5の視力を薦めてきました。術後、景色がデジタル放送みたいにクッキリして、目がギンギンになっている。急いで視力を調べたら両目とも余裕で2.0以上ある。
見えすぎて目眩が凄くて、後頭部がズキンズキンする。一ヵ月後、気持ちが悪いなと思ったら電車のなかで失神してしまいました。・・・」
恐ろしいことに視力障害による眼精疲労が蓄積すると自律神経失調症を発症する場合もある。
田村さんの場合も、自律神経失調症がレーシック手術によって急速に悪化してしまった。
「眼球がいつも揺れている感じで、座っていても体に震えが出てしまいます。目を動かすと『ボリッ』と音がすることも。 今は脈が弱くなっていて、安静にしていなければならなくなってしまいました」
レーシックによる後遺症は必ずしも検査数値だけに表れるものではない。人間は八割の情報を目から得るだけに、その異常が体に与える影響は極めて大きく、生活に支障をきたし、職を失うケースもある。
今回取材した患者九人は、いずれも未だ目の健康を回復することができず、通院生活や病院を探す「難民」生活を続けている。 前出・柴田さんはこう訴える。
「私たちは、見た目は普通の健康な人に見えるため、苦しみがなかなか他人には理解されません。外からは見えにくいけど、特殊で深刻な痛みに苦しんでいることを知って欲しい」
レーシック手術に詳しい、名古屋アイクリニック中村友昭院長は警鐘を鳴らす。
「レーシック手術を行うときは、手術した医師に一生診察してもらえる施設を選んでいただきたいですね。レーシックも手術ですから、術後の管理がとても重要になります。健康な目で社会復帰をすることが大切なのです。そこをみなさんに理解してもらいたい」
バラ色の未来が宣伝されたレーシック手術の暗部。しかしこれらは決して特異なケースというわけではない。 前出・眼科医が語る。
「日本では世界で類を見ないほど短期間にレーシック手術が量産されています。本来、患者に適応した視力でレーシックを行えば、それほど問題は起きない。 しかし、常に過矯正でレーシックをやっているクリニックがあるので、そうしても一定数の患者に後遺症が出続けるのです。ウチだけでも、月に八十~百人の後遺症を持つ患者さんがいらっしゃいます」
レーシック手術を認可し、所管する厚生労働省医事課はこう回答する。
「レーシック手術は自由診療の患者さんが望んで行ったことなので、対応は慎重に行わなければならない。問題が明らかになれば、調査や指導を考えたい」
だがどの患者も、手術前に後遺症を望んだわけではないことは明白だろう。
品川近視クリニックの綿引一院長はこう答える。
「視力が2.0と良いことが社会生活上障害になることは医学的に考えてもあり得ません。万が一不具合を訴える患者様に対しては(中略)治療費はすべて無料、もしくは完全に保証する対応をとっていきます」
行政と学会はレーシック手術の安全性をいま一度検証すべきではないのか。
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