武里連
聞き方ひとつで
たとえば、「あなたは小泉さんが『構造改革なくして景気の回復はなし』と断言する構造改革に賛成ですか」と問われれば、ほとんど人が「賛成」と答えるだろう。
では「小泉さんの主張する構造改革は傷みを伴うと言いますが、あなたの収入が少なくとも1~2年くらいの間は1割程度減ったとしても、日本を良くするための構造改革なら賛成しますか」と聞けばどうなるだろう。
また、単に「あなたは政府に福祉の充実を求めますか」と聞けば「求める」という答えが圧倒的に多いと思う。
では「消費税をあと5%上げて福祉を充実させるという政策を望みますか」と聞けばどうだろう。
アンケートというのは、よほどうまく聞かないとホンネは引き出せない。
とおりいっぺんの聞き方では、予想どおりのごく当たり前のタテマエ的な答しか返ってこないものである。
要するに「アンケートのためのアンケート」になってしまっては経費の無駄遣いなのである。
協会が2千人にアンケートを実施
(社)日本眼鏡技術者協会が、先頃主婦連の協力を得て2千人を対象に実施したアンケー
ト調査の結果を発表した。
眼鏡の技術的な分野での唯一の社団法人なのであるから、その結果を業界に広く公表するのは当然と言えよう。
これに5百万余りの大金を費やしたということだが、ということは、アンケート収拾コストが一人頭で2500円にもついているわけだ。 どういう方法でやったのかわからないけれど、けっこう高いなあと感じる。(主婦連というのは、いったいどういう団体なのだろう。非営利団体であることは確かだと思うのだが……)
実際に行なわれた質問は、高校生以上向けが19問と、中学生以下向けが4問である。
その中から私が特に興味を持ったものをいくつか紹介し、私のコメントを付す。
(以下、【 】内は月刊『眼鏡』(2001.7)に載った記事からの引用や抜粋である)
【Q5.購入場所を選んだ理由を3つ以内で答えてください(総数2,906)
1位 技術がよく信用できる店だから 35.0%
2位 近所だから 31.1%
3位 眼科医の紹介を受けたから 17.9%
4位 安売りのチラシを見て 12.2%
5位 評判がよいから 11.4%
6位 店構えや感じがよい 9.0%
7位 テレビ・ラジオのCMで知って 4.0%
〈その他〉
・眼の検査を受けた医院や職場との関係で ・知人の紹介・知人の店だから
・アフターサービスがよい ・相談しやすい ・良心的 ・品数が多い ・便利な場所にある
・営業時間が長い ・安い ・値段がはっきりしている ・掛け金やカードの支払いができる】
この質問のしかたは上手ではない。
質問用紙の実際の書面については公開されていないが、おそらくこの1位の分が選択肢と
してはトップに書かれていたのであろう。
なぜなら質問者は心理的に、自分が選んでほしいものを最初に書きがちだからである。
そして、回答者の方も、いわゆるタテマエ的というか、優等生的な答を選びがちである。
また、回答を面倒がっている人は、どうしても初めの方に目に入ったものを選んでしまい
やすいという傾向があるのである。
だから、こういう設問で有れば、優等生的な答ほど後の方にもっていき、ホンネ的な、ちょっと恥ずかしいようなものを前に持ってくるのがよいのだ。
例えば、質問者にとっては一番面白くなさそうな「テレビ・ラジオで知って」というのは、たぶんあとの方に書いてあったと思う。質問者の心理からするとそうなるのだ。
そして、回答者にとっても、その購買理由は、賢い消費者というイメージではないからあまり回答したくないだろう。
そういう選択肢が最後の方にあったのでは、それを見つけたときには既に3つ選んでしまっていた、なんてこともあるだろうから、その答は実態よりもかなり少ない割合で、結果としては出てしまいがちなのである。
マス媒体による宣伝がホントにこんなに購買理由になりにくいものなら、なんであんなに高い宣伝費を使って大手のチェーン店が広告をするのか。
また、上記の1位から6位までの答は、回答者が自分の言葉でそう答えたのではなく、選択肢としてそう書いてあるものの中から選んだのであるが、「近所だから」というのはヘタな表現である。
近所というのは普通は自宅の近くを指し、職場の近くは近所とは言わないものだが、その二つを区別する理由はないのである。
ここは「自宅または職場の関係で行きやすい場所にある」とすればよかった。
そうすれば自宅や職場の近くということの他にその途中のターミナルにある店まで含まれ
「行きやすさ」ということでくくれてしまうのである。
この書き方だと、職場の近くにあって行きやすいからという人は、自分で文章で書かない限り、そのことを伝えられない。実際のところ、自分で文を綴るのを面倒がらない人は少ないものなのだ。
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そして、購買理由を聞くにしても、立地のことと、価格か技術かという、次元の異なることをごっちゃに聞くというのもヘタである。
立地なんてのはいまさら聞いてみてもすぐにどうなるものでもないし、悪い立地にあるよりも良い立地にある方が商売で有利なことは当り前である。
だから、価格か技術かということを聞きたければ例えば次のように聞けばよい。
(これもホントは答は予想はつくのだけれど)
Q. 貴方は次のうち、どちらの店を選びますか。
A.技術については分らないが、(メガネ屋をやってる以上はそこそこはできるはず)価格的には安く買えそうな店。
B,価格は安くなさそうだけれど、技術は良さそう(良いと聞いた)店。
なぜ、この2つにしたかと言うと、これ以外なら考える余地がないからである。
たとえば、技術も良さそうで価格も安そう、というなら誰でも好感を持つだろうし、価格も高そうで技術もなんだか不安そう、なんて店は誰もイヤに決まっているからである。
で、上記のAかBかということになると、これでもしAを選んだ人の方が多かったら、協会としては面白くないだろう。
しかし実際のところ、そうなる可能性は大である。だからこういう問いかけかたはしなかったのかもしれない。
眼科の視力検査結果に不満
【Q7.購入に際し、視力検査はどこで受けましたか
眼鏡店 66.0%
眼科医(開業医) 26.6%
病院の眼科 7.4%
その他 2.5%
Q8.視力検査の結果に満足しましたか
普通 47.7%
満足 39.5%
やや不満 4.8%
大変不満足 0.5%】
やや不満、大変不満足の回答者、計5.3%(105人)と「Q7視力検査を受けた場所」とのクロスをしてみたところ、数字的には眼科医(26人)、病院の眼科(11人)より眼鏡店が多い(71人)が、母集団に占める割合から見ると、病院の眼科の比率が高く(77%)、眼鏡店(55%)と眼科医(5%)はやや少ない】
この設問8における「視力検査の結果」というのが、あまり上手な質問ではない。なぜなら、それは検査を受けた結果として印象なのか、処方したメガネでの見え方なのか、どちらか一方を指すのか、どちらも含めたものなのか、それが判然としないからである。
回答した人も、それぞれ自分の勝手な解釈で答えたのであろう。
眼科で測ってもらったときには、眼鏡店に比べると随分簡単にすませてしまうのだなと思ったが、できたメガネは特に問題はない、という人なら、どの回答を選ぶのか……やや不満、普通、満足、のどれもがあり得るだろう。
事実、そのあとのQ9での不満足の理由を問う設問に対する答では「見え具合が悪い」「検査のしかたにかかわる不満や不安」などがあげられている。
ここは「検査や度数決定の丁寧さ」と「検査の結果できたメガネでの見え方」というふうに分けた方がよかった。
あるいは「見え方」だけにしぼるかである。ごっちゃな質問でごっちゃな答を得ても統計の意味が薄れるだけだ。
それはともかくとして、満足率としては病院の眼科が最低だったという結果に関しては「さもありなん」である。
国家資格はないと……
【Q.12 眼鏡店で視力測定や調整をする技術者に国家資格がないことを知っていま
したか
知らない 79.2%
知っている 20.7% 】
これも上手な聞き方ではない。
なぜなら「調整には資格はいらないだろうけれど、測定にはいると思っていた」という人なら、どう答えるか困るからである。これは視力測定だけに絞った方がよかった。何でもよけいに書いておけばよいというものではないのである。
また、国家資格にも調理師のような名称独占もあるのだから、資格があると思っていた人の中に、資格のなくてもできると思っていた人も混じっているかもしれない。
そして、上記の答で「知らない」と答えた人の中には、「資格がある」と思っていた人と、「あるのかないのか知らなかった」という人が含まれるのである。 この問い方と答え方ではその区別はできていない。
だから、ここは次のような聞き方の方が良かったと思う。
Q. 眼鏡店では公的資格を持つ人だけが視力測定をできるのだと思っていましたか。
( )そう思っていた。
( )測定するのに資格は必要はないと思っていた
( )そんなことは気にしていなかった
そして、ついでに、啓蒙を兼ねて、次のような設問もしてほしかった。
Q.眼鏡店による測定技術の格差は大変大きいのですが、それはご存じでしたか。
( )器械化によりそういう格差はあまりないと思っていた。
( )知っていた
( )それについては気にしていなかった
眼鏡小売商組合ではなく技術者協会がやるなら、この程度のことはやってほしかった。
そりゃあ「あればいい」けど
【Q13.欧米では眼鏡技術者に資格制度がありますが、日本にも資格制度が必要だと思
いますか
国家資格が必要 45.8%
民間資格でよいから必要 32.2%
資格は必要ない 3.2%
よくわからない 18.1% 】
「よくわからない」と答えた人は正直な人だと思うが、もしその選択肢がなければどうしただろうか。
なお、ここでの「国家資格が必要」というのは、回答者のほとんどは「無資格者には専門的なことはやらせない」という意味で答えているのであろうが、必ずしもそうなのかどうかは不明だから、もっと明確に
「無資格者は測定できないのがよい」
「無資格者でも測定してもよいがレベルの判別のための資格は必要」
「資格はいらない」
という3とおりに分けた方が、回答者の意思が明確になったと思う。
ただし、協会自身が国家資格を業務独占まで考えているのか、名称独占でとどめるべきと
いう方針なのかが、まだはっきりしていないようだから、ここでの設問にそこまで求めるのは無理かもしれない。 また、ナンの対価もいらないなら、ユーザーとしたはちゃんとした資格を持った人に測ってもらえば安心で望ましいのは、当然しごくのことなのだが、世の中にそんなムシのいい話はまずない。
だからここは、例えば次のように聞けばよかっと思う。
Q.資格を持つ人だけが測定できるという厳しい制度にすると、新規参入が減り、技術者
養成にコストがかかるために眼鏡の価格もいまよりも上がるかもしれませんが、それでもあなたはそういう資格制度がある方がいいと思いますか。
( )思う
( )思わない
( )どちらとも言えない
ついでに見といてほしい
【Q.14 眼鏡技術者にどのような業務を望みますか
眼鏡店において視力測定をし、調製すること 60.9%
眼科の処方等に基づいて眼鏡を加工調製すること 58.8%
眼病や身体の病気を発見し専門医へ紹介すること 30.0%
コンタクトレンズの検査や装用の指導をすること 28.2% 】
これは当然ながら、複数回答を認めているのが、たとえば「眼科処方箋に基づいて……」の回答をした人の中で、「眼鏡店では測定しない方がよい。測定は眼科に任せるべき」と思っている人がどれくらいいるのかがまったくわからない。
この選択肢はほとんど無意味である。
だって、眼科の処方箋でメガネを作ってくれるのはメガネ屋に決まっているのだから。
また、「眼科はへただから、眼鏡店での測定をやめてもらっては困る」と思っている人がどのくらいいるのかもわからない。
そして、病気の発見の選択肢も、趣旨があいまいである。
というのは、そりゃあ、誰でもただでついでに眼病までチェックしてくれるのだったら、それをイヤガル人はいないと思う。
しかし、常識のある人なら、医師ではない眼鏡技術者がその能力を医師並に持つとは考え
ないだろう。
大事なことは、眼鏡店でのそのサービスを必須のものと考え、それに対価を払ってもいい
から、眼鏡店で責任を持って必ずその発見をしてほしいとまで考えているかどうかということである。
私ならこれは二つの質問に分ける。
Q.視力測定は眼科でのみ行なうのではなく、眼鏡店でも行なう現状でよいと思いますか。
( )現状でよいと思う
( )思わない。眼科に任せるべきだ。
( )眼科は視力測定がへたなので目の病気に関係のない眼鏡処方は眼科ではして
ほしくない。
( )どちらとも言えない
Q.眼鏡店で眼の病気などのおそれがあると判断すれば眼科受診を勧めますが、診察料は払ってもよいからその発見能力を必須のものとし、見逃したら責任を持ってもらいたいと思いますか。
( )思う
( )思わない。現状でよい
( )どちらとも言えない
●
いま紹介した以外にもいろんな質問があり、なかなかよい質問、平凡な質問などがあった
が、他は割愛させていただく。
せっかく多額の費用でアンケートをするのなら、もっとホントに聞きたいことに対する答が聞けるような質問の文言や選択肢の並べ方になるように工夫をしてほしかったと思うのである。
(平成13年11月)