岡本隆博
資格制度推進委員会ができて
(社)日本眼鏡技術者協会に、資格制度推進委員会ができました。
もれ伝わるところによれば、眼科医会へも眼鏡士の資格化容認を働きかけているようです。そして、眼科の一部にそれを認めようとする動きもあるのだとか。
思うに、眼科医会(開業眼科医が主体)としては、昨今の不景気のせいで経営が苦しいところが多く、患者が増えるような話であれば、何でも歓迎でしょう。
たとえば、次のような内容を含むのであれば、眼科は歓迎だと思います。
眼鏡士の義務として、
1)○○歳以下の幼少児については、眼鏡店では測定はしない。
2)矯正視力が1.0に満たない人の場合には、眼鏡店で眼鏡処方はせずに、眼科受診を勧める。
3)45歳以上の人には、眼鏡店では測定はせずに、まず眼科受診を勧めること。
あくまでも私の想像ですが、眼鏡士の法制化に関しては眼科医にとって何らかの便益になることが含まれていなければ、眼科は、あくまでも反対する姿勢を変えないと思うのです。
上記の義務の1)は、まあ、よいとして、2)や3)場合には、こういう単純で粗いくくりかたではいけないと思いますが、いかがでしょうか。
「なあに、こんな義務が課せられるようなことにはならないから、大丈夫、心配しないで
いいよ」とおっしゃるかたもおられるかもしれませんが、なんのなんの……。
一度成りかけた法制資格化
もう20年以上前に、一度決まりかけてオジャンになった、眼鏡士法案の第一次試案と第二次試案が、岡本隆博・野矢正『眼科処方箋100年の呪縛を解く』(日本眼鏡教育研究所)に掲載されています。
これらの試案においては、眼鏡士の資格は業務独占(資格を持たないものは、その業務はできない)ではなく名称独占(資格を持たないものは、その名前を名乗れない)なのですが、それでも、たとえば第二次試案には下記のような規制が書かれています。
(引用はじめ)
眼鏡士は、視力補正用レンズを直接眼球に装着する行為、薬剤の使用、眼疾のある者、未成年者等についての眼鏡の調製、その他医師が行なうのでなければ衛生上危害を生ずる虜のある行為をしてはならない。
(引用おわり)
お客さんにコンタクトを装着すると、眼鏡士の資格をなくすようです。
また、「眼疾のある者」と書いてあります。
それならたとえば、その場で白内障だとわかっている人、あるいは、あとで白内障だとわかった人や、あるいは未成年者に対しては、眼鏡士は「調製」(「調整」ではない)をしてはいけない、ということであり、「調製」には検眼・フィッティング・加工のすべてが
含まれるはずですから、そういう人に対しては、検眼だけでなく、メガネの加工もフィッ
ティングもしてはいけないようです。
それだと、いつなんどき誰において、あとで眼疾患が発見されるかもわかりませんし、本人が自分の眼疾患のことを言わないかもしれません。だから「眼疾患のある人」に対する眼鏡調製を確実に避ける、なんてのは無理ですね。そうすると、実際には誰に対しても眼鏡士は眼鏡の「調製」をできないことになってしまいます。
非常に不思議な法律ですね。
これは名称独占の資格に関する法案です。……ということは、眼鏡士の資格を持たないそう名乗れない)眼鏡技術者が、こういう眼鏡調製をすればよいということなのかもしれません。
それでも眼鏡士になりたい人間なんて、いるのでしょうか?
この部分は、この第二次法案に先立つ第一次法案でもほとんど同じで、第二次試案で、「眼鏡士」「薬剤の使用」となっているところが、第一次試案では「眼鏡調製士」「散瞳
薬の使用」となっていたに過ぎないのです。
ということは、こんな内容でも、これ以上の変更をあきらめて、まあ、いいか、とこの業界の首脳は判断したわけでしょう。
それで、これで一時は医会側とシャンシャンの手打ちになりかけたというのですから、当時の業界首脳の法律文の解釈能力、見識は、いったいどうなっているのかなと、私は不信感を抱かずにはおれません。
いまもし、本当に、法制資格化で業界首脳と医会首脳とが話し合っているのであれば、くれぐれも、ヘンテコな内容の法律にならないように万全の注意をはらっていただきたいものです。
一つ言えば、眼鏡士の法制資格化が成ったとして、我々がいまできていることから、さらに余分に可能となる業務というものはまず有り得ません。逆に、いまできているのに、できなくなることは、いくつか出てきそうだ、ということです。
法制資格化に賛成、とおっしゃるかたは、何ができなくなってもかまわないのか、どういう規制ならOKなのか、ということについて、ご自身のお考えをおっしゃるべきだと思います。
いまの眼鏡士よりも国家資格の眼鏡士の方が有利な点をあえて探せば、いまは単に「私は認定眼鏡士です」としか言えないものが、「私は国家資格の眼鏡士です」と言えるようになる、という、ただそれだけのことではないでしょうか。
それだけのアドバンテ-ジを得るために、我々が行なう方が良いことができなくなるとすれば、あるいは、しなくてもよいことをしなければならなくなるとすれば、その悔いは100年のあとまでも残るのではないでしょうか。
*あ、そうそう、もし法制資格化をするのなら、「眼鏡士は眼鏡の通信販売を行ってはならないし、それを行なう企業に勤務してはいけない」ということも入れてほしいですね。
アンケートの回答のいい加減さ
協会は、この法制化の推進に当たって、協会がもう何年も前におこなった、例の「主婦連に依頼して実施したアンケート結果」を。よく掲げます。
「眼鏡技術者に国家資格制度があるほうがよいと思いますか」という問いに対して80何
パーセントだかの人が「はい」と答えた、というものですが、私に言わせれば、そんな結果の数字はまったく参考にすべきではないのです。
なぜなら、もしそれが、メガネのユーザー、あるいは国民にとって何の負担もデメリットもない国家資格制度であれば、それに反対する理由など、普通の人間にとってはなくてあたりまえであり、それにより、自分に対しても国民全般に対してもより良いメガネができ
るのなら、反対などする理由が思い浮かばないわけです。
その問いかけに対して「いいえ」と答える人は、よほどのへそまがりか、よほど物事を深く考えられる人でしょう。
だから、単に「眼鏡士の国家資格制度に賛成ですか、反対ですか」と聞かれれば、漠然と「そりゃあ、いいわね。今よりもメガネの技術が全体的に上がりそうだから」と思って「賛成」とする人の方が圧倒的に多くて当たり前なのです。
では仮に、次のように問うてみたらどうでしょうか。
【質問】 眼鏡技術者の国家資格制度を実施すると、次のようなことも起こるかもしれませんが、それでもあなたは、国家資格制度を設けることには賛成でしょうか。
それともいまのままで良いでしょうか。
●技術者教育の費用の増加や、技術者の給料のアップが起こると、それがメガネの価格に転嫁されて、メガネの価格の上昇につながる。
●小さな町にあったメガネ店に、国家資格を取得できる人間がいなくなり、その店は廃業となり、他からその町に新たなメガネ店の出店がない。
●小さな町に1店だけ資格を持って正規に営業しているメガネ店があるが、もう1店新たにその町に資格者をやとって引き合うほどの売上げを見込めるメガネ店を作るのが難しいので、その町には新規の出店がなく、その店の独占状態となってしまう。
●資格制度を維持管理する団体に、厚生労働省からの天下り官僚が来て、高い給料を取るが、それは、税金、資格者の年会費、講習会の収入などでまかなわれる。
●資格を更新するための講習会が、すべての資格者を相手に毎年実施され、法外な受講料だが、資格を維持するためには、それを払わざるを得ない。
拙速はダメ、あくまでも慎重に
眼鏡士が国家資格になったら、安売りはなくなるから、商売がしやすくなるのかも、なんて根拠のない期待をしておられる人も、おられるかもしれません。
しかし、それは無理です。
アメリカのメガネの安売りのチェーン店はオプトメトリストを雇って営業しているし、日本でも「理容師」というれっきとした国家資格の持ち主が、安値で客を集める理髪チェーン店で働いている。
眼鏡士の法制資格化は安売りの歯止めにはまったくならない、ということを理解しておく
べきでしょう。
業界の資格制度推進委員の首脳である津田氏と大頭氏は、自分らの名誉欲のためではなく、眼鏡業界のために、そして国民のために、法制資格化を推進しておられるのだとは思いますが、自分が現役で働けるうちになんとか法制資格化を、と思うばかりに、拙速にことを進めてしまって、結局は眼科の患者を増やすだけだった、というような法制資格化にはならないようにしていただきたいものです。
最後に言います。
メガネ店に来た老視世代の人のほとんどを眼科に行かせないといけなくなるような、そう
いう内容を持った眼鏡士の法制資格化や、眼科の発行した眼鏡処方箋に絶対服従というような内容の資格となることは、絶対に避けていただくようにお願いします。
* なお、眼科の眼鏡処方箋については、下記の「ユーザー本位の眼鏡処方を推進する会」のサイトをご覧ください。
(追記)
例の協会が実施したアンケートは、このサイトの
http://www.optnet.org/namanokoe/enquete.html
に載っていたが、そのうちの今回問題にした部分は、下記の設問で、下記のような回答率であった。
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Q13.欧米では眼鏡技術者に資格制度がありますが、日本にも資格制度が必要だと思いますか
国家資格が必要 45.8%
民間資格でよいから必要 32.2%
資格は必要ない 3.2%
よくわからない 18.1%
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この場合、国家資格と民間資格の違いを回答者がどう区別をして回答をしているのかがわからないので、この「45.8%」と「32.2%」の数字をどう解釈してよいのかが定かではない。
「国家資格」の方を「無資格者はその業務ができない資格」ととらえ、「民間資格」の方
を無資格者でもその業務はできるが、そう言う名前があれば、技術の良い人を見分けやすい、そういう資格、ととらえた回答者も少なからずいたかもしれないが、しかしそういう人がどのくらいの割合でいたのかは不明である。
(そもそも、国家資格に「業務独占」と「名称独占」があるとして知っている人がどれだけいるだろうか?)
だから、これはヘタな質問のしかたと言える。
この設問における選択肢は次のようにすればよかったと思う。
・ 国家資格にして、有資格者だけが検眼などをできるようにする
・ 国家資格にして、有資格者だけが「眼鏡士」と名乗れるようにする
(無資格者でも検眼などをできる)
・ 民間資格にして、一定以上の技術を持つ人を見分けられるようにする
(無資格者でも検眼などをできる)
・ 資格は必要ない
・ よくわからない
アンケートにおいては、出た回答に対する解釈が難しいことにならないように、的確で上手な質問をすることが望まれるのである。
それと、下記のような質問もあればおもしろかったと思う。
あなたはこれまでに、メガネに関して何らかの困ったことがあって、「我が国に眼鏡技術者の国家資格制度がないからこんなことで私は苦しむのだろう。
資格制度があればこんなことにはならなかっただろう」と思った、ということはありましたでしょうか。
・ あった
・ なかった
・ よく覚えていない